「私の知らない彼らのヒミツ2(出演:熊谷健太郎、榎木淳弥)」発売を記念して
シナリオの茶乃原ゆげ先生より、書き下ろしショートストーリーをいただきました!
本編のアフターストーリーで二人の馴れ初めの話となっております。
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今まで誰にも話せなかったから、めちゃくちゃ話したかったんだー!」
「ちょっと、晴人。そんなに大きな声だしたら聡太が起きちゃう」
「あっ、やばっ」
浮かれてつい声を弾ませた俺に、幼馴染の女友達がそっと嗜める。
そろりと視線を向けると、聡太は朝日の影に丸めた体を隠して静かな寝息を立てていた。
「はぁ〜危ない危ない……」
「もー。私だって話聞きたいんだからね。気をつけてよ」
「ごめん。嬉しくてテンション上がっちゃった」
安堵の息をついて肩をすくめると、彼女が理解を示すように微笑んでくれる。聡太は自慢の恋人なのに誰にも言えないことが苦しかった。やっとヒミツを共有できる相手が一番の女友達なんて、こんなに嬉しいことはない。
「この様子だと、ちょっとやそっとじゃ起きそうにないかもね」
「うん、爆睡してるな」
「……それで? 付き合って三年って言ってたよね?」
くすっと顔を見合わせて笑うと、彼女はさっそく本題だと言わんばかりに瞳を輝かせた。俺も待ってましたと前のめりに口を開く。
「うん。付き合い始めたのは高二から」
「そもそも晴人って女の子が好きじゃなかった?
中学の時はそんな素振りなかったと思うけど……」
「その頃は全然意識してなかったなー。
……というより、自分の気持ちに気づいてなかったのかも」
「じゃあ、聡太が好きって気づいたのは高校からなんだ? その、恋愛的な意味で……」
「ふふっ。まぁそんな感じ」
「私、高校時代のふたりのことはほとんど知らないからなぁ」
「おまえ女子校行ったもんな。
それもあって聡太とふたりで過ごす時間が増えていったんだよね」
友達は沢山いたけど、聡太ほど一緒にいて居心地のいいやつはいなかった。性格は正反対なのに幼馴染だからか馬が合う。俺は高校時代のほとんどの時間を聡太と行動を共にした。
聡太を意識し始めたのは高校二年の春。
友達が所属している軽音サークルの部室で適当に時間を潰しながら、聡太の部活が終わるのを待つのが放課後の日課になっていた。窓からグランドを見下ろせば、今日も部活に励む聡太の姿が確認できる。人工芝の緑。聡太の真っ白なテニスウェアが映える。同じウェアを着た似たような背格好の部員たちと混ざり合うことは決してない。子供の頃から一緒にいるから、どんなに遠くにいても聡太の姿はひと目で分かった。
フェンス越しに練習を見つめる制服姿の女子たちは、おそらく聡太のファンの子たちだ。高校に入ってからの聡太のモテっぷりは中学の比じゃなかった。そう言うと、彼女は納得したように深く頷いた。
「同じ大学に入って久しぶりに聡太を見たとき、びっくりしたもん。
背も高くなって、さらにカッコよくなったよね」
「そうなんだよ。あいつ見た目もカッコいいけど、優しいし、頭も良いだろ。
テニス部のエースで目立ってたしさ、みんなが好きになっちゃうのも仕方ないよ」
「……。……ご馳走さまです」
「ちがっ、惚気じゃないって! そうじゃなくて……
そんなにモテるのに、聡太が誰とも付き合わないのが不思議だったんだよね」
部活終わりの聡太と校門で合流して、夕暮れ時の住宅地を抜ける。小学生の頃から並んで歩いている河川敷に辿り着くと、俺は小耳に挟んだ情報で聡太を茶化すことにした。
「聡太、また女子を泣かせたんだって?」
「泣かせてない」
「でも振ったんでしょ? 絶対陰で泣いてるよ、その子」
「そうかもしれないな」
「なんで断ったの? タイプじゃなかった?」
「いや、可愛い子だったけど……」
「じゃあなんで?
お前めちゃくちゃ告白されてるのに、なんで誰とも付き合わねーの?」
「部活が忙しいから、今は誰かと付き合ってる余裕はない」
何度尋ねてみても、聡太はそう答える。告白してきた女子に対しても、聡太の振り文句は一字一句同じらしい。
確かにうちの学校のテニス部は強いみたいだし、聡太は期待を背負うエースだ。部活が忙しいというのも本当だと思う。でも全国大会に出場しているバレー部の部長だってマネージャーと付き合ってるし、部活を理由に交際が出来ないとも思えない。
なにより、今俺と過ごしているこの時間は?
毎日のように一緒に帰っているし、ファーストフード店に立ち寄って無駄話をすることだってある。この時間を彼女に使えば、普通に女子とお付き合いできるんじゃないの?
まぁでも、それが出来ないのが聡太なんだろうな。感情があまり表に出ないから、クールに何でも器用にこなしているように見えるだけで、本当は不器用で堅物なんだ。テニスでも勉強でも、聡太が裏で死ぬほど努力しているのを俺は知ってる。だから部活と恋愛の両立は無理だって、はじめから決めつけているのかもしれない。
「もったいねーなー」
全国の健全な高二男子を代表して、素直な嘆きを漏らす。
俺なんて女友達が多いだけで、それ以上発展したことなんてないのに。
「……試しに付き合ってみれば?」
「試しで付き合うものじゃないだろ。相手にも失礼だよ」
「聡太は真面目だな〜。付き合ってみないと分かんないこともあるじゃん。
すごくいい子だったらさ、聡太だってその子のことを好きになるかもしれないだろ」
「……そうかもしれないな」
なんだ、今の間は……。
こういう時の聡太は決まって同じ顔だ。もの悲しそうに眉を下げて、そのくせ俺に向ける瞳には怒りが滲んでいるようにも見える。この視線に捕まると、俺はなんだか息苦しくて、少し泣きたいような気持ちに襲われた。
そんな顔するなよ。俺なんかマズいこと言った?
「じゃあな、晴人。また明日な」
「あ、うん。……ばいばい、聡太」
家路が分かれる小さな交差点で別れる時には、聡太はもう笑ってた。
俺はどんな顔をしてたんだろう。
そういえば、一人で歩く家までの数百メートルの帰り道はいつもちょっと寂しい気がする。
改めて、ふとそんなことを思った。
校舎の窓から聡太の部活が終わるのを見届けて、校門に向かう。大抵自販に立ち寄ってジュースを買ったり、廊下で友達につかまって立ち話をしたりするから、部室で着替えを済ませてからやってくる聡太とちょうどいいタイミングで合流することができる。友達との話が盛り上がって、聡太を待たせてしまうことだってあるくらいだ。それなのに、今日は校門に聡太の姿が見えない。
ミーティングあるって言ってなかったよな。
電話をしても繋がらなくて、聡太を探してテニス部の部室に向かう。夕陽も射さない部室棟の裏庭で聡太の背中を見つけた。こんなところで何して……
「そう──」
聡太の背中越しにふわりとカールした長い髪先が見えて、開きかけた口をつぐむ。すぐに察した。聡太は今から告白される。相手は学年で一番美人だと言われているA組の女子だった。思えば噂では聞いてきたけど、聡太が告白される現場に遭遇したのは初めてだ。
「西山くんが好きなの……」
頬を赤くして潤んだ瞳で思いを伝える彼女の声は震えていた。
あの子は本当に聡太のことが好きなんだ……。
身長差や雰囲気、何もかもがお似合いに思えた。彼女は頭も性格も良いと聞いたことがあるし、あの子なら聡太も好きになってしまうかもしれない。
でも聡太は断るんだろ?
部活が忙しいからって。いつもの振り文句で、学年で一番美人な女子まで振っちゃうんだよな。
「悪いけど、部活が忙しいから……」
ほら、やっぱり。
「試しに付き合ってみるのもダメかな?」
え……。
「それで無理だったら、その時は振ってくれていいから。
西山くんに、私のことを知ってほしいの……」
──付き合ってみないと分かんないこともあるじゃん。
すごくいい子だったらさ、聡太だってその子のことを好きになるかもしれないだろ。
──……そうかもしれないな。
軽々しく口にした言葉が、なぜだかぎゅっと俺の心臓を締め付ける。
聡太、なんで黙ってるの? 俺の言ったことなんか、真に受けるなよ。
いやだ、聞きたくない。
気づけば踵を返して、走り出していた。
俺は今まで……
聡太が女子を振ったって話を聞くたびに、安心してなかったか。
聡太の放課後を独占して、優越感に浸ってなかったか。
居心地のいい聡太の隣を誰にも取られたくないって……
心の底ではいつも、いつもいつもそう思ってたんじゃないのか。
校門近くまで全速力で駆け抜けて、足を止める。肩で息をしながら頬を拭ってみれば、それは汗ではなく涙だった。溢れて止まらない。
聡太が傍にいることが当たり前すぎて、自分が一番じゃなくなる日が来るなんて想像したこともなかった。
「晴人はそこで初めて、自分の気持ちに気づいたんだ?」
真剣に俺の話を聞いてくれていたもう一人の幼馴染が、優しい笑みを浮かべて尋ねる。
「うん。男同士だし、それがどういう感情なのかって気づくのはもう少し後だったけどね。
聡太が特別だってことは分かって、もう親友じゃいられないなって思ったよ」
「それでそれで?」
彼女が急かすように続きを促す。
ちょうどその時、部屋の隅で寝ていた聡太の影がもぞもぞと動いた。
「んーー……」
聡太がむくりと体を起こして、大きく伸びをする。恋バナ終了。彼女が俺たちの関係を知ってしまったことは、聡太にはヒミツだ。
「あーあ、ここからがいいところだったのに……」
「続きはまた今度ね」
残念そうに呟いた彼女に、悪戯っぽく笑ってささやく。
俺もまだまだ話し足りないけど、こんな話をしてたからかな。そろそろ聡太の顔が見たくなってきた。
「おはよう、聡太」
「ふあぁ〜。晴人、おはよう……」
起き抜けの油断した顔が好きだ。ピンと跳ねた寝ぐせさえ愛しく思う。
寝ぐせを指摘すると、聡太は少し恥ずかしそうに髪を撫で付け、それからふにゃりと笑顔を見せた。
END